源氏物語にちなんだ占い処の名「ゆめのうきはし」の由来

源氏物語にちなんだ占い処の名「ゆめのうきはし」の由来

宇治市源氏物語ミュージアム 京都の占い師
宇治市源氏物語ミュージアムより

源氏物語「ゆめのうきはし」の名の由来

「ゆめのうきはし(夢浮橋)」の名はご存じ紫式部作の『源氏物語』の一部です。京都は宇治を舞台とした「宇治十帖」の最終巻を飾る物語となっています。その名にふさわしい店にしようと言うことで、この店名としました。なお、店名が平仮名となっているのは平安時代ごろに平仮名が発明されたことに由来します。

「夢浮橋」あらすじ(源氏物語)

薫(光源氏の子)28歳の夏の話。

ちなみに薫は比叡山の奥・横川(よかわ)を訪ね、小野で出家した女について僧都に詳しく尋ねた。「その女は浮舟に違いない」と確信した薫は夢のような気がして涙を落とした。その様子を見て、僧都は浮舟を出家させたことを後悔した。薫は僧都に浮舟のいる小野への案内を頼むが僧都は「今は難しい。だが来月なら御案内しましょう」と述べる。そこで薫は浮舟への口添え文を僧都に懇願して書いてもらう。

その夜、横川から下山する薫一行の松明の火が、浮舟がいる小野の庵からも見えた。 妹尼たちが薫の噂をする中、しかし浮舟は薫との思い出を払うように念仏を唱える。

翌日、薫の使者として浮舟の異父弟・小君が小野を訪れた。朝早くに僧都から前日の事情を知らせる文が届いており、さらに妹尼たちが浮舟の素性に驚いていたところだった。そして小君が持参した僧都の文には、薫との復縁と還俗の勧めをほのめかしてあった。簾越しに異父弟の姿を見た浮舟は動揺するがしかし、結局は心を崩さず、妹尼のとりなしにも応ぜず、小君との対面も拒み、薫の文にも「(宛先が)人違いだったらいけない」と言って受け取ろうとしなかった。むなしく帰京した小君から「対面できず、お返事も頂けなかった」と聞いた薫は(自分が浮舟を宇治に隠していたように)「他の誰かが浮舟を小野に隠しているのではないか」と思うのだった。

『源氏物語』とは?

『源氏物語』は、平安時代中期の紫式部によって書かれた長編物語で、日本文学史上最高傑作の一つとされています。光源氏という皇子の生涯を中心に、平安貴族の恋愛や宮廷の栄華、人間の心理を巧みに描き出しています。全54帖からなり、光源氏の活躍を描いた第1部、光源氏の老いや苦悩を描いた第2部、そして光源氏の息子・薫や孫の匂宮の物語である「宇治十帖」で締めくくられる第3部で構成されています。

文献初出は1008年(寛弘五年)、平安末期に「源氏物語絵巻」として絵画化されました。作者の紫式部は平安中期における和歌の名手の1人で「百人一首」や「女房三十六歌仙」の歌人。 曽祖父の藤原兼輔の娘桑子は、醍醐天皇の更衣で章明親王の生母であり、物語に引歌される『人の親の心は闇にあらねど子を思ふ道に惑ひぬるかな』は、桑子の入内当初、寵愛されるかどうかを案じてそこで醍醐天皇に献詠されたとも伝えられる 。さらに源氏物語は、紫式部が生涯で唯一残した物語作品である。

源氏物語の全巻を読みたいと思った方は源氏物語全巻あらすじをどうぞ(あらすじですが)

宇治市源氏物語ミュージアム

宇治市源氏物語ミュージアム

京阪宇治駅から徒歩でしばし歩くと、宇治市源氏物語ミュージアム(うじしげんじものがたりミュージアム)があります。京都府宇治市にある公立博物館。さらに『源氏物語』の幻の写本とよばれる「大沢本」など「源氏物語」に関する資料の収集・保管等を行う。1998年に開館し、そして開館10周年にあたる2008年9月にリニューアルが行われた。

宇治市源氏物語ミュージアムの情報

  • 開館時間:9:00 – 17:00(入館は16:30)
  • 休館日:原則として毎週月曜日(祝日の場合はその翌日)、12月28日 – 翌年1月3日

交通アクセス

  • 京阪宇治線 宇治駅 徒歩8分
  • JR奈良線 宇治駅 徒歩15分

源氏物語あらすじに進む

店長のご挨拶に戻る

京都の占い処ゆめのうきはしグループ(こちらにもぜひご訪問を)