占いー宇治の占い処 ゆめのうきはし 占い・恋愛・男女関係専科

宇治の占い処 ゆめのうきはし

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興聖寺 宇治の占い処
興聖寺庭園 占い

導かれる答えと心――宇治の占い処で紡がれる物語

 ここは京都の南に位置する占いの町宇治。それにしても宇治の朝は忙しい、商売を営む者、旅に出る者、さらに宇治にて祈りを捧げる者に占いを受けようとする者、僧侶に占い師と宇治は大勢の人が行き交う町です。しかし皆さんお疲れのようですね。おや、元気なおばさんが朝から景気よく叫んでおられますね。あれはよく当たると言う噂の占い処とお茶屋のようですね。

 おばさん「いらっしゃーいらっしゃーい。旅の疲れに旅のはじめにお茶はいかがかね。今ならおいしい菓子も付いて来るよ。さあさあ、いらっしゃーい、いらっしゃーい、いら……?」

 おばさん何かに気づいたようですね。よく見るとお茶屋と隣のよく当たるという噂の占い処の間に男の人が倒れてますよ。どうしたんでしょう?

宇治の朝に響く声――心を揺るがす占いとの出会い

「おい兄ちゃん、どうしたんだい?」

「ここまで早足で来たので疲れが一気に出てきて……」

「お前さんはどこから来たんだい?」

「江戸からです。」

「江戸……こりゃまた遠くから来たもんだね!しかしどうしてここまで来はったんだい?」

「宇治に住んでる母が倒れたと、知り合いの占い師から連絡が入ったもので。」

「そんなときはうちの菓子食べて渋いお茶飲んで横になるとええで。一発で元気になれるから。なに、菓子代とお茶代だけでええで。しかし休憩の金は要らへんから。」

「ありがとうございます!」

「お茶のお客様入るでー!」

お茶で一服 占いと青年はここで出会う
疲れにはお茶でも一服

昼下がりに芽生える縁――おすすめの占い処が導く宇治への道しるべ

 そして昼下がり……

 太陽がまぶしく天に昇っているときに青年は目覚めた。

「おう、目が覚めたかい?」

「ありがとうございます。おかげでしかしすっかり元気を取り戻せました。」

「ではお母さんのことが心配なんだろう?ついでと言っちゃなんなんだが宇治の占い処にも行くといい。それからお母さんの無事を見てもらってから行くとええで。何でも宇治の占いはよう当たる言うしな。」

導かれる運命――繁盛する占い処への新たな道

「ありがとうございます。ところで占い処はどこに行けばいいのでしょう?」

「ところで宇治の占いなら隣の占い処がおすすめやで。ゆめのうきはし言う占い処でけっこう繁盛してはるで。ただしなかなかもってよう当たるらしくお客さんも当たって満足して帰る顔見たらほっこりしておらはるからね。」

「決めました。では、おすすめのよく当たる占い処で。」

「おーい、占いの客一名入るでー!」

平等院へに進む

◎興聖寺について

 興聖寺(こうしょうじ)は、京都府宇治市宇治山田にある曹洞宗の寺院。山号は仏徳山(ぶっとくさん)。本尊は釈迦三尊。さらに日本曹洞宗最初の寺院で、道元が興聖宝林寺を建立したことから始まる。特に参道は「琴坂」と称し、紅葉の名所として人気を博している。さらに「春岸の山吹」「興聖の晩鐘」は宇治十二景に含まれている。

 道元は宋から安貞元年(1227年)に帰国すると、天福元年(1233年)、道元は深草に興聖寺を開創した。しかし興聖寺は比叡山延暦寺の弾圧を受け、寛元元年(1243年)に道元が越前国に下向して以降荒廃し、住持4代で廃絶した。

 しかし江戸時代の慶安元年(1648年)、淀藩主の永井尚政が万安英種を招聘して第5世住持とし、朝日茶園のあった現在地に再興した。さらに寛文4年(1664年)に畿内の触頭寺院となる。さらに延享4年(1747年)には永平寺の末寺となっている。

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